10月に入りました。
高校受験でも大学受験でも、いよいよ受験が現実味を帯びてくる時期です。模試の結果もある程度そろい、学校や塾で志望校について具体的な話をする機会も増えてくると思います。
僕はこの時期になると、そろそろ志望校を決めてほしいと思っています。
もちろん、最後まで迷う人もいます。模試の結果によって変更することもありますし、第一志望に届かない可能性を考えて、現実的な選択をすることもあるでしょう。
だから、「10月までに決めなければ合格できない」と言いたいわけではありません。
ただ、これまで多くの受験生を見てきた僕の感覚では、この時期になっても志望校を決めきれない状態が続くことは、受験にとって決してプラスではありません。
そう考えるようになった理由の一つに、今でもこの時期になると思い出す教え子がいます。
中学3年生の1学期に入ってきた生徒
その生徒が塾に入ってきたのは、中学3年生の1学期でした。
入塾してから、本当によく伸びました。
当初考えていた志望校は、しばらくすると模試で余裕を持ってA判定が出るようになり、2学期に入っても成績は順調に上がり続けていました。
そうなると当然、
「もう少し上の高校を目指してもいいのではないか」
という話になります。
講師と本人の間でも、志望校を上げる話は何度も出ていましたし、本人にもその気持ちはあったと思います。
ただ、最終的にどこを目指すのかを、なかなか決めきれませんでした。
成績が上がることで選択肢が増え、その選択肢が増えたことで、かえって迷いも大きくなっていたのかもしれません。
そのまま12月を迎えました。
成績自体は、その間も伸びています。
最終的に志望校を決めたのは、出願期限がかなり近づいてからでした。
入塾当初に考えていた高校よりは上の学校です。
ただし、無謀な挑戦ではありませんでした。
はっきりとは覚えていませんが、模試を5回受ければ3回はA判定、残り2回もB判定が出るというレベルの高校でした。
評定もほぼ満点でした。
もちろん、入試に絶対はありません。それでも、数字だけを見れば十分に合格を狙える位置にいました。
勉強しても、不安が消えない
ところが、試験が近づくにつれて、その生徒の不安はかなり強くなっていきました。
「勉強しても、勉強しても、不安が消えない」
そんなことを彼が口にしていたのを覚えています。
僕はその生徒の科目担当で、進路全体を担当していたわけではありません。そのため、志望校選びそのものに深く関わっていたわけではありませんでした。
それでも、本人がかなり緊張していることは伝わってきました。
僕自身も、
「本番で緊張しすぎなければいいな」
と思っていました。
試験は2日間ありました。
1日目を終えたあと、その生徒が塾に来ました。
そこで彼は開口一番、「失敗した」と口にしました。
国語が思うようにできず、その失敗を引きずったまま、その後の科目にも入ってしまったとのことでした。
結果は不合格。
併願していた私立高校へ進学することになりました。
その後、塾を辞めたので、それからどうしているのか僕は知りません。
「成績が上がれば上がるほど、不安になった」
ここで少し時間を戻します。
試験が終わって数日後、授業が始まる前に、その生徒が塾へやってきました。
かなり暗い表情をしていました。
その場には、その生徒の担当講師と僕がいて、3人で話をしました。
そのときに彼が話してくれたことが、今でも印象に残っています。
彼は、
「成績が上がっていけばいくほど、不安になった」
というような話をしました。
志望校をなかなか決められないことにも焦っていた。でも、自分では決めきれなかった。
さらに、
「模試ではいい判定が出ていたけど、塾に入る前には自分が行けると思っていなかった学校だった」
とも話していました。
模試の数字だけを見れば、合格できる可能性はかなり高くなっていた。
それでも本人の中では、
「本当に自分がこの学校を受けていいんだろうか」
という感覚が最後まで消えなかったのだと思います。
今振り返ると、成績の伸びに、本人の気持ちが追いついていなかったのかもしれません。
そして、これはあくまで結果を知った今だからこその考察ですが、彼には「志望校を決めてから本番までの準備期間」が足りなかったのではないかとも感じています。
もう少し早く志望校が決まっていれば、各科目で何点を狙うのか、どこを得点源にするのか、仮に一つの科目で失敗してもどこまでなら取り返せるのか。そうした得点の組み立てを考えたり、担当講師と話し合ったりする時間を、もっと取れたはずです。
そして何より必要だったのは、心の準備をする時間だったのではないかと思います。
「1年前には想像もしていなかった学校に、自分は本当に挑戦するんだ」
そう腹をくくるまでには、ある程度の時間が必要です。
模試ではA判定やB判定が出るところまで成績は伸びていました。でも、数字が追いついたからといって、本人の気持ちまで同じ速度で追いつくとは限りません。
彼にとっては、志望校を決めてから本番までの期間が、その覚悟を作るにはあまりにも短かったのではないか。
今では、そんなふうに考えています。
志望校が決まって初めて、「どう合格するか」を考えられる
この経験から僕が強く感じたのは、志望校が決まって初めて、「その学校にどうやって合格するか」を具体的に考えられるということです。
志望校が決まれば、その学校に合格するために、どの科目で何点を狙うのか、どこを得点源にするのか、苦手科目では最低何点を確保するのか、といった目標を具体的に作れます。
過去問を解いたときも、単に「何点だった」で終わらず、
「この問題は取る」
「ここは落としてもいい」
「この科目であと何点上げる」
と、合格までの道筋を考えられるようになります。
さらに、その戦略を何度も確認することで、
「一つ失敗しても、ここで取り返せる」
「全部完璧にできなくても大丈夫」
という感覚も少しずつ持てるようになります。
これは、試験本番で余計な不安を減らすためにも大切なことだと思います。
模試の判定が少し下がったり、過去問で思うように点が取れなかったりしても、
「それでもこの学校を目指す」
と決めていれば、次に何をするべきかは比較的はっきりします。
一方で、ゴールそのものが動き続けていると、
「今の勉強でいいのか」
「もっと上を目指すのか」
「下げた方がいいのか」
「そもそも自分に受かるのか」
と、勉強以外のことまで考える時間が増えていきます。
受験直前期には、その迷いが大きな負担になることがあります。
つまり、志望校を決めるというのは、受ける学校を決めるだけではなく、そこへどうやってたどり着くかを決め始めることでもあるのだと思います。
不安を感じる力は、悪いものではない
ただ、僕は不安を感じやすいこと自体が悪いとは思っていません。
むしろ、
「本当に大丈夫だろうか」
と考えられる人だからこそ、準備を続けられることもあります。
慎重だからこそ、勉強を積み重ねられる人もいます。
だからこそ、不安を強く感じるタイプの生徒には、少し早めにゴールへ旗を立てることが大切なのではないかと、この経験から考えるようになりました。
ここを目指すと決めたら、模試の成績が多少上下しても、簡単にはその旗を動かさない。
もちろん、現実的に変更が必要になることはあります。
それでも、毎回の模試結果だけで志望校を動かし続けるのではなく、
「ここへ行くために、今何をするか」
を考える時間を長く取る。
その方が合う生徒も確実にいると思っています。
同じ受験生でも、必要なサポートは違う
もちろん、これは一人の生徒の話です。
すべての受験生に当てはまるとは思っていません。
最後まで志望校を迷っていても、そこから気持ちを切り替えて合格する人もいますし、早い時期から志望校を決めていてもうまくいかないことはあります。
ただ、この経験をしてから僕は、同じような成績の生徒でも、必要なサポートは同じではないと強く考えるようになりました。
背中を押した方がいい生徒もいれば、一度立ち止まって考えさせた方がいい生徒もいます。
現実をはっきり伝えた方がいい人もいれば、不安を一つずつ取り除いていった方が力を出せる人もいます。
受験指導では、偏差値や判定だけでは見えない部分があります。
使い古された言葉かもしれませんが、やはり一人ひとりに合わせたサポートが必要なのだと、あの生徒から改めて教えてもらった気がします。
10月になると、僕はときどき彼のことを思い出します。
もしあのとき、もう少し早く志望校を決めて、その学校へ向かうための目標を一緒に細かく作れていたら。
どこで点を取り、どこまでなら失敗しても大丈夫なのかを、もっと繰り返し確認できていたら。
そして何より、
「自分はこの学校に挑戦するんだ」
と本人が気持ちを固める時間を、もっと作れていたら。
結果が変わっていたかどうかは、もちろん分かりません。
それでも、
もっとできることがあったのではないか。
今でもそう思います。
だから、これから受験を迎える人には伝えたいです。
志望校を決めるのは、願書を出すためだけではありません。
自分がどこへ向かい、残された時間をどう使うのかを決めることでもあります。
10月。
まだ時間はあります。
ただ、いつまでも時間があるわけではありません。
そろそろ、自分が目指す場所に旗を立ててください。
そして、その旗に向かって残りの時間を使ってほしいと思います。